「マニュアル化」が役に立たないその場で一瞬の判断が問われる仕事

隣町で不幸な、悔しくて仕方のない出来事が起こってしまった。間違った記載の内申書に基づいた進路指導で中学生が自ら命を絶ってしまったのである。

担任の手にした内申書には非行歴が記載してあった。しかしその非行歴が学校に把握された2年前には該当生徒が違うことが報告され、複数の手書きのぺーパーにも、電子データの別のファイルにも訂正は施されていた。

あるマスコミ報道は「マニュアル化されていないなどのずさんな管理があった」と書いた。

しかしちょっと待って欲しい。

本来この少年に差し伸べられるべきだったのは、電子データに正確に記録したり、進路指導での情報伝達を漏れなくするためのマニュアル化だったのだろうか?

報道では、担任が4回の進路指導のなかで触れたにもかかわらず「本人が非行歴を否定しなかったので気づかなかった」ような説明を垂れ流している。

ペーパー(電子データも同じだ)にある「記録」よりも、本人の様子をみたその場でこれは様子がおかしい、となぜ気づけなかったのか。そのうえで担任は、進路指導チームと管理職に相談し、記録内容の精査まで立ち戻ることが求められていたのではないか。後付けであってもそう言わざるを得ない。

わたしにはむしろ「記録してマニュアル化」することのバグに見事にはまってしまい、生徒の命を巻き込むことになったようにしか見えない。

いや、ときにありうる「バグ」どころではなく、目の前の対象をみて、その印象から重大事態に気づけない人間を作り出したのが、「記録!」「マニュアル化!」と条件反射してきた無知であり無責任姿勢だったと言いたい。

もうこれからは、人の成長を助けるいい仕事をしたいプロは、「記録」なんか取るな。伝達のため効率的処理のための「マニュアル」などつくるな、もう一切読むな。

あなたたちが毎日せっせとつくっている記録やマニュアルはどうせ「書いてあったのに読み落としたものが悪い」とか「書いてあるとおりにしたのだから私はミスをしていない」と責任転嫁するためにやっているのだろう?

つまらないものに時間かけてないで、目の前の状況をみて直ちに頭と手足が動くようでなければ、仕事とは言えないんだよ。

その場で一瞬でわかれよ!頼むから。