「自分の仕事でしょう」。前職時代に上司的な立場の目上の方からこう叱られたことがある。その時は全く受け入れることが出来なかった。受け入れる余裕がなかった。

私がミスが多く仕事が雑になっていたのを見て、教育的というよりはハラスメント的な言われ方だったように思っている。それくらい職場にギスギスした状況があった。

「ろくすっぽ仕事の状況も見てくれずこの人は何を言ってるんだ」と。

今となっては、叱ってもらえる前に自分のところに来てもらえない(=仕事をもらえない、助けてもらえない)だけだから、もう言われることはないのだろう。

次にもし叱られたら相当にありがたいと思わなくちゃいけない。

「自分の仕事でしょう」と言ってくれたその方は、他にもいろいろと忠告や無理難題の多い人だった。いっぱいいっぱいで回しているのに特別に時間のかかることを要求してくる。それも当然だと言わんばかりの態度。いくら時間をかけても残業しても終わらず、しかもやればやるほどミスも増え、その修復に、とスパイラルだ。

残念ながらそんな関わり方だったので、その方の忠告していたであろう他のことはキレイさっぱり忘れてほとんど覚えていない。

それだけこの「自分の仕事でしょう」にだけは、引っかかっていたようだ。

それが最近になると「自分の仕事だろ」と自分につぶやくことがある。もしかしたら、もうどなたかにも「自分の仕事なんですから」と言っちゃってるかも知れない。

押しつけられ、やらされる仕事から、自分で創り出していく仕事へ。一つひとつできることを見つけて仕事にしていく、それを通して他人と社会と関わって、経験を通して成長して、また次の段階の仕事を見つけてつくっていく。

そんなことなら「自分の仕事でしょう」と自分にも人にも合言葉のようにいいたくなる。

目の前にあることがすべて、なんらかの意味で、これから造りあげていく自分の仕事の手がかりになる。

そう思えたら、今すぐ、手間を惜しまず、ありがたく、なんにでも取りかかりたい気持ちになる。

「自分の仕事でしょう」

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体感でよくわかっていたことだが、下記のリンク先で「糖質摂取により自律神経が不安定となりその結果、睡眠の質が落ちる」旨の説明を初めて読んだ。

睡眠を誘う副交感神経優位にするための5つのポイント

http://igot-it.com/suimin-hukukoukansinkei-1916.html

「5つのポイント」というけれども、5つが全部均一で同じ比重なのではないだろう。

2番目に上げられている甘いものと睡眠の関係は要チェックだ。

糖質制限食に取り組んでいるお仲間のみなさんからは、決まって

「寝付きがよくなった」

「目覚めがよくなった」

「精神的に落ち着いてきた」

という声が聞こえる。

だいたい2〜3週間で「おや?そういえば」と気づき始め、2〜3ヶ月のうちに「よく眠れる」「朝がつらくない」と実感するようだ。もちろん私もそうなった1人。

今までなぜそうなるのか、さっぱりわからず「糖質がするいろいろな悪さがなくなるのだろう」「栄養が無駄に消費されないからか」くらいにしか考えられなかった。

ところが、リンク先には甘いもの(つまり糖質)を自律神経に関連させてこう書いてある。

実は、甘いものと自律神経には大きな関係があります。特に夜の甘いものは夜中に低血糖を起こしやすくなるため、睡眠が浅くなりがちです。糖質を食べると、どんな健康な人でも血糖値が上がります。特に、砂糖などの精製されたものは、急激に血糖値を上げてしまいます。血糖値が上がりすぎると体には大きな負担になるため、一生懸命血糖値を下げようとします。

この血糖値の上下こそ、自律神経を乱す原因の一つ。血糖値や体温など、一定に保とうとする働きを持つ自律神経は甘いものによって、ぐらぐら揺れ動きます。そうなると、自律神経は安定できず、また緊張状態に傾きやすくなります。
「安定できず」「緊張状態」というのは、糖質制限食にしてみてから「そういわれると今までずっとそうだった」と気づいたことだ。

  • 元気とはいえ慌てていた。
  • テンションは高いがどこか不安だった。
  • 失敗が恐かった。
    などなど、気分の安定しない緊張状態だったと思い当たる。

 

それが糖質制限食を続けられてからは、

  • 慌てずにゆっくりやればよいと思える。
  • やる気は高くてもテンションは低い。
  • 失敗も楽しめそうな感じがしている
    という心境に確実に変わった。あのストレスはなんだったんだ?くらい気持ちが楽になったのだ。

リンク先の説明に、糖質を(過剰に)摂取することが「自律神経が不安定にし」「緊張状態を持続させ休めなくしている」というのを読み取って、そのわけがまた1つ腑に落ちた。

ただ、 どれほどの根拠と証拠(エビデンス)をもってこれが書かれているのかは不明。

ある自律神経の専門医師の著書を読んでみてもコーヒーなど刺激物への言及はあっても糖質の摂取と自律神経との関連性は登場していない。この先生自身が実践されていないからだろう。まだまだ糖質摂取が当たり前なのも実感する。

血糖値の上下は、自律神経を乱す原因の1つ。

これを覚えておこう。

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11月1日以来の投稿。堀江貴文さんの最新著書「ゼロ」のテーマに「働くこと」が座っている。これまで堀江さんの本を読んでみることはほとんどなかったが、これまで披露されていなかった幼少期のご家庭のことをオープンにされたのに加えて、「働くこと」がテーマになっている本だと知って、発売前に予約注文したほど。

「働くこと」についての書籍はわが本棚でかなりのスペースを占拠している。労働組合で働いてた(2001年-2009年)わけだから自然のなりゆきで。その流れでは堀江さんの今回の著書「ゼロ」はかなり異色。あのライブドア事件や郵政選挙の頃のホリエモンのイメージのままだったら「働くこと」について言及したって反感を覚えたはず。

あの刑務所からの出所会見での物腰やら、「獄中ダイエット」に成功した姿をみて、お?っと惹きつけられていた。そして「ゼロ」の前宣伝で、あの「ホリエモン」がネクタイをしているではありませんか。

覚めた目で「見せ方変えてきたね〜」とクールに受け止めてみた第一印象だったが、ともかく「働くこと」について彼が何を言っているのか知りたいと思い。

手にとって読み始めたら、私の中で「ホリエモン」が「堀江さん」に変わってしまった。彼が「ゼロ」で書いてることすべてに同意できるわけではないが、向き合って「対話」をしているように引き込まれた。

たかが本一冊ではある。が、これまであれほどギラギラしたイメージだった人物がここまで変えてきたのだから、驚くというか、惹きつけられたわけだ。

単に「いや〜、やっぱりうまい商売をするね」とドライな評価があってもいいと思う。それなら自分の「売り方」の参考になる本として、自分を表現してお金を稼ぐ仕事の方々には、一連の「ホリエモンから堀江貴文へ」の見せ方の変化は、きっと役立つ。

だけども「働くこと」について、あの「ホリエモン」だった人物が語っている以上、自分も勉強のし直しだと思ったし、実際に「働くこと」について模索中の身なのだから、この際、堀江さんとの「対話」に身を委ねてみたいと思っている。

「ゼロ」の中で展開されている一つひとつのエピーソードや「金言」もいい。

だが、僕が考えていたい疑問そのものズバリは、堀江さんのこの本には書かれていないのだ。

この疑問自体をどのように書いたらいいのかわからないのが、「疑問」を持つ場合にはよくあること。考えてゆくうちに問題への近づき方自体が間違っていたり明確になったりするものだ。

漠然とした「疑問」を探りながら断片だけ書いてみると、それは巷にあふれる「働くこと」本への危機感のようなもの。

「労働問題」の現状を告発する側面から「働くこと」を考える著書はたくさんあるし、そんな本ばかりを読んできた。そして労働運動の方面から「仕事ってこんなに楽しいぜ、ほら!」とアピールが発信されたものをほとんどみたことがない。

現在の労働実態を告発するのは必要なことだけれども、運動の側がどれだけ「夢と希望」を語れているのだろうか?小さく身近なことに限ってもそれをみせることに成功していないのではないか。

紛れもなく経営者サイドに立つ堀江さんの言葉が、若い人たちや「働くこと」を考えたい人たちに浸透していく一方で、労働運動の側は「ブラック企業」批判に明け暮れる構図。今はここだ。

この時に「仕事(=労働)って本来は楽しいものでしょ、苦労も乗り越えたら喜びに変わるはず」なんてことを正面切って言うと、大資本家の片棒を担いでいるかのような受け止めをされるんだろうなと感じる。

実際に「やりがいの搾取」をキーワードにした労働本もある。「働くということは、お金をもらうために誰かに従属して生きていくことじゃん」という諦観しきった空気。引きこもりの若者が「働いたら負け」と吐き捨てていたり、職場でのいたずら写真をSNSにばらまく「バカッター現象」にもそんな気分が読み取れる。

仕事を通して充実感と達成感を得ることについてガッツリ書かれている最新ベストセラー本が、この堀江さんの「ゼロ」だという現状、これはどうしてなんだろう?と考えていたりする。

人が働くことについて叙述した最高傑作はマルクスの「資本論」のはずではないの?その方面で自分にも読めそうなものにも目を通してみたい。

そんなきっかけになったのが堀江さんの「ゼロ」なのだ。

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昨日まで疲れが溜まりつつあったと実感するほどスッキリした今日です。昨晩は白いご飯を1膳食べたのですが、それがよかったのか関係ないのか。ぶつぶつ、OTです。

今日はお昼のランチに、とある先輩をお誘いして。うつ経験もある方で、いろいろと濃い話しを聞くことができました。

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仕事の話しなのに本業サイトには書けないこと。なぜなら新規開拓の妄想だから。もとい「市場調査」というべきですね。海の方面でも代書業の仕事というものがありまして以前かなり根詰めて勉強したことがあります。ふとそれを思い出してウエブサイトやら法令をみていたら一日が終わりました。OTです。

できれば引きこもらずに港に行ってみたかった。

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今日も4キロコースを走ってきましたが、筋肉痛やバテて走れないとか全く起こりません。続けられるってことは許容範囲内だってことですね。まいったな。何が起こっているのだか。こんばんわOTです。

さて、あちこちで「なにやらOTは糖質制限とやらをやってるらしい」と話題にしてもらえているようです。アピールが浸透してきたかも。

よく聞かれるのが

「リバウンドしませんか?」

はい。今のところしていません。

今後リバウンドする予定もありません。

「今はいいけどそのうちリバウンドするんだよね?」

しません。

糖質制限食をして軌道に乗ってきたならば、

なあんだ、食欲はコントロールできるじゃん。

という意識になります。

自分が何をどういう食べ方をしたら食欲が抑えられなくなるかが具体的によくわかるからですね。

知識もあったほうが進めやすいけど身体自身が覚える感じ。糖質制限食で得られる最大の効果はそこなんじゃないかと思うくらいです。

自分の身体で試して実感して、自分の食欲を自分でコントロールできる。

だから痩せたかったら痩せることができ、食べたくなったら食べて少し太ってもすぐ戻せる。

 

食欲に翻弄されず、食欲を楽しむことができます

「リバウンドしませんか?」

食べものを口に運んでいるのは自分自身ですからね。

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昨日はあるイベントに本業のブース出展をしてみました。

初めてのことで自分なりに思い切った部分もあり、実り多き1日でした。某ライブの方も今年はピンで出させていただいり、身軽でシンプルに動けるのがフリーの強みですね。と、強がりを言ってみているOTです。

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毎日15時になったら「ランニング」のアラームをiPhoneが知らせてくれますが、今日も外はしとしと雨。もうぬれながら走ってみようかと雨の弱まるのを待っています。運動不足で夜中に目が覚めてしまう、OTです。

自分はほとほと商売向きでなかったなとこの2年を振り返って思う。世の中にはいろんな仕事があって、いろんな働き方をしていて、お金の稼ぎ方も生活上の必要の満たし方も数え切れないくらいある。

現在のナリワイをはじめた当初、そりゃあ頭には「中小業者が経済の主役だ」とか「雇用の90%を産み出している」などとあったが、今思えば単なる知識レベル。友人の商売の名刺をもらうことはあったが自分が渡す立場にはなったことがない。ましてや実際に経営をしている方と名刺交換などしたことがないわけだ。

名刺交換なくして商売なし

巷にあふれる商品やサービスを価格と品質を比較しながら買うだけの「消費者」であって、商品やサービスの向こうでどのように事業が回っており、人が働いているのか、売り上げと利益との違い(笑)、商売全体をどうイメージするのかなどなど、まったくわかりようがなかった。友人やその家族が商売をしていてもその向こうに想像力がわかなかった。

直感的に「自分はこの世界を何も知らないのだろうな」「自分で気づかない偏見もあるかも」と思っていたのだろう、開業してすぐ同級生の紹介で中小企業同友会に入れていただくことにし、さらに、このブログでよく「ナリワイ組合」と書いている民主商工会にも加えてもらうことになった。

これからショーバイの勉強しなきゃ

もっともナリワイ組合の方は、学生時分からよく知っていただけに「新聞購読だけ」のつもりだったのに、購読申し込みを知った地域のボス(?)Hさんと事務局Eさんの押しに負けて加入申し込み書を書くことになったのだった。遠巻きに眺めていようと思っていた僕を強く押してくれたのだ。

名刺一つ。納得の仕事とは?

そして今日、ナリワイ組合の伝手で紹介していただいた印刷屋さんで名刺をつくってもらった。3年目に入った画期となる名刺ができた。ようやくできた。

フォントも紙質も相談したし、そこから先のこだわりまで聞いてもらって、この名刺なら今の自分なりに納得して配ることができる。よくご依頼をとってきてくれそうな名刺だ。

名刺デザインの正解なんてないのだからこだわり出すと時間がかかる。そこへ向けて名刺コンサルを提案して売るサービスさえある。最初から資金投入してコンサルを受けてみるべきだったか?そうは思わない。

「どこかで誰かが決めてくれて安心」

我が代書業の場合、御上の「代書人規制」と言うべきおふれで規制されており、表示してよい口上とNGの口上がある。このことは逆に「規制されていないことや、むしろ御上が積極的に定義した職務なら正当だ」という意識を生みやすい。

そこで「代書人規制」で定義された職務をそのまま名刺に書こうとしたり、それでは同業者と差別化できないからと様々なキャッチコピーをひねりだそうとすることになるし、私もそうするものだと思い込んでいた。

そんな意識でコンサルをうけても、いわゆる「ひよっこ」商売にお金を払って気休めになっただけだろう。

このように商品やサービス提供に関する意識が「消費者的」であったと同時に、お金を受けとる意識も「従業員的・アルバイト的」であったと思う。なにを表現したいかと言えば、月給や時給として決められた報酬を受け取るのが当たり前で、それが正当なものだと知らず知らず思い込む意識のことだ。

つまり自分の仕事に自分で値段をつけるなんて考えたことがない。いまから自分に仕事を出しそれと引き替えにお金をくれる人と交渉するということができない。もちろん相場というものがあるのだが、実際にすすめる仕事や労力の交換のなかでご依頼者に満足してもらわないと最終的にお金は受け取れない、という場面に遭遇したことがない。

どこかの就業規則なり法律や人○院勧告なりで決められた「賃金・給与」を受け取れば、それは正当なんだ、と思うところがあった。

このことは、裏を返せば自分自身の立場からの

自分の仕事と生活の「採算が合うように」支払ってもらっているか?

の意識がゼロだったということでもある。自らが生きていく上での費用を自分で計算して、しかるべき相手に請求することは、従業員やアルバイトの立場ではなかなか身につかないことだったと感じる。

そんな意識にどっぷりと、それこそどっぷりと浸かっているままに走り出したのだから、うまくいくはずがない。今までに作った名刺と渡し方にもそれがよく現れていたと思う。具体的にどこがどうというより、ようするに迷っていたということ。

今度の名刺は「消費者」として買ったのではなく、ショーバイ人として仕事を出して依頼したのだ。規格品ではなく、自分が使う道具はこうでなくては困る、という仕事をしてもらえた。

糖質制限食から学んだ「必要最小限」「足し算をやめて引き算をする」ことが活用できたのも大きい。

とても身軽で、ご挨拶しやすい、ホントにいい名刺だ。

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10月に入って始めたランニング。毎日続けるために距離もペースもそれなりのものにしていますが雨がふってしまうとさすがに走ることはできないです。では、継続記録も中断してしまうのでしょうか。やらなかったものをやったとは言えないOTです。こんばんわ。

「毎日やる」と決めてかかったので、当初から「歩いてもOK」と考えていたことでもあり。実際に基本の2kmに出るときでもごくゆっくり走っております。約15〜17分くらい。汗が玉になって流れるくらいにはなります。

だったら、雨の日でも15分以上で汗がかけたら「ランニングした」と記録しても実質的には同じ。身体の内部にとってはコースなんて関係なさそうだし(笑)。

なので、いつものスタート地点の橋の下に出て、雨のしのげるスペースで、

・ストレッチ

・中国武術の基本功

・四股踏み

などをやってみたら。

息もあがって十分汗かけました。

これで、連続記録更新中ということにできます。よっしゃ!

IMG_1818

続けるにはハードルを高くしないのは大事ですね。

糖質制限食から学べることに、基礎基本とその継続の偉大さもあるような気がします。おしごとでも趣味でも、動揺しないで基礎基本、原理原則をつらぬけるように糖質制限食と運動は続けていきますよ。

もっとも、毎日おいしく食べられて、お酒も呑める糖質制限食だからなんですけどね。

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丸岡いずみさんの著書「仕事休んでうつ地獄に行ってきた」をパラパラと読んでいます。今日開いてみたところは思わず感極まってしまいました。こんにちは、OTです。今日の投稿は、うつから回復してくる際の「あれができた」「これができた」の続きを。

2012年の1月だった。つれ合いが職場の同僚の方とお昼にランチに行ってきたからと汁なし担担麺のお店を教えてくれた。

そのうち「まあ、行ってみようか」となって、土曜の午後、子どもらは別に食事をさせて二人で行ってみたように覚えている。

当時は、新しいお店に行くのもおっくうな感じが続いていた。「食べ慣れないものを食べて口に合わなかったら損だな」というネガティブ思考があったり、

ランチに行って連れ合いさんと「味はどうだった?」みたいな会話が続くのが面倒くさかったのだ。こんな風に日常生活を全く楽しめなくなるのが、うつ地獄。

その時に何となく話しに付き合ってもいいかな?と思えたのは、おそらく、食事をしたらなぜか一瞬元気になるのを感じていたからだと思う。

もしかして食べたら元気出る?

たしかにそう感じていた。食べたら何かスイッチが入ってくれて、確かに落ち込んだ気分が少しは変化する(時間がある)なとわかり始めていた。

それまでというもの、うつ地獄の最中は、おなかが空けば、悲しくて落ち込み。かといって食事をすれば、途中で泣きたくなるほど情けなくなる毎日がよくあった。何を食べていても砂を噛むようで「どうして毎日食事をするのだろう?」と無意味さを感じていることが多かった。白いご飯を噛みながら情けなくて涙が出てくるような状態。

それでも、家族に食事をつくるのは私の仕事だったので、メニューを考え、買い出しに行き、調理をすることはしていた。仕事や趣味はできなくても食べないことだけはできない、と言い聞かせて続けていたと思う。

そんなうつ地獄の状態から「食べると元気かも?」くらいにまで帰ってきつつあったタイミングだったから、汁なし担担麺ランチに「まあ、行ってみようか」と相成ったと思う。

山椒の香りが効いているのがとても新鮮で、麺の食感にもワクワクできた。タレの深さに興味をそそられて、カウンタ内で働いている大将さんやスタッフのお仕事ぶりにも触れて、単純に「来てみてよかった」と思って、そのランチは終わった。

そこから、1〜2週間後だったと思う。1日のうちに何も用事がなくても外に出る口実として「汁なし担担麺」に通うようになった。もちろん、外出がありランチの時間になればもちろん「汁なし担担麺」に行く。

こうして、完全に「外に出る」「食事を楽しむ」のができるようになった。そこからは狂ったように「汁なし担担麺」に通った。お昼を楽しみに朝から過ごし、お昼前に猛烈にお腹が空いてくる毎日。挙げ句の果てに自宅のメニューでも研究してお昼に食べていた。山椒だけを売ってくれるお店では山椒をリピートして使った。ホームパーティなどでも振る舞っていた。

結果。約1年で体重は激増。

20年ぶりに80キロを超えてしまった。食べて美味しいと思えるものができてよかったが今度は肥満問題をかかえてしまった。もちろん気分や体調もすぐれない。そうしてその後、糖質制限食に出会うことになったのだった。

うつ病は「脳の病気」と言われる。丸岡いずみさんが著書でも繰り返しそう言っている。医学的な解明は未確定のようだけど、実感から言うとそう表現する意外にない感じはある。人間、食事が楽しくなくなったら、丸岡いずみさんのように「私、一体どうなっちゃうの?」状態である。

そういえば、ここ2年あまりの出来事。右の親指がしびれて、医者から「根本あたりから神経が一部切れてしまったのだ」と言われた。そして「神経は少しずつ回復するから、親指の先まで戻るのに、5ヶ月くらい」だと。このときは何ヶ月も何年もかけて治っていく病気もあるのか、脳の中で「どこか神経がきれちゃう」と時間がかかるだろうな、と妙に納得したのを覚えている。

結局、親指は完治までに5ヶ月どころか1年あまりかかったと思う。明確な「外傷」でもこうなのだ。

糖質制限食に出会ってから振り返ると、神経の素材となるものを食べ、血流をよくして、身体の再生を助けてやれば、神経の断裂もうつ地獄から帰ってくるのも、もう少し早くできたのかなと思ったりもする。

しかし、そんな次元で云々することではないこともよくわかったのだ。

生きていくことに、早いも遅いもなければ、いいも悪いもないのだな
そりゃ、そうだな

という心境になった。

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ひろしま代書屋日記

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