IMG_0950ブログを書く時間がありません。とはいえ夜更かしは増えております。なぜならアコギを弾くのに又はまっているからです。

私のアコギ遍歴について書くのはまたにして今日は即本題になります。つまり同じ曲なのに解釈とそれにもとづく演奏によってほとんど別ものになるということです。

クラッシックの分野でさも難しそうな話として聞いたことありましたが。アコギのインストで自分でも弾いてみながら実感できました。

さっそく紹介しましょう。と言っても私の実演よりもレジェンドのプレイです(笑)。

曲は Jerry Reed の Struttin (ストラッティン)です。まずは Jerry 本人の演奏をお聴きください。

http://youtu.be/tv_dPN_8Drs

埋め込みが無効になってるのが残念です。

Jerry Reed のこのプレイをリスペクトして世界中のファンがコピーしています。

ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、という縦ノリがバッチリ表現されています。8分を刻んでいるようにきこえて、Jerryよりもスピード感と勢いも感じさせるかも(笑)。カッコイイですね!

ところが、私にとっての Struttin はこれじゃないんです。

これしか聴いてなかったら別に〜となって目に(耳に?)止まることもなかったでしょうし、どうしても、何年かけてでも、一生かかってもコピーしてみたいとは思わなかった自信があります(笑)。

これじゃなくてこっちの Tommy Emmanuel の弾く Struttin が私にとっての Struttin です。

これコピーしたいと何百回も聴きまくったのが確かもう5年くらい前でしょうか。どれくらい何百回かと言いますと3時間かけて海に遊びに行く道中ずっ〜〜とリピートされてるくらいのです。

この動画を睨んで耳コピしていくわけですが、何年もかかってほぼ音とポジションは拾えました。 イエイ

しかしこのトミー独特とも言えるリズム感の表現が、このプレイのキモなんですね。音が拾えてるレベルからはまだまだです。

シンコペーションを多用してて、ゆっくり弾いてもらったら3連符に聴こえてくるんじゃないか?ところどころ粘るような横ノリに聴こえます。全体的にどっしりした感じは4分のリズムで解釈してるからですね。

ちなみに、粘っこい横ノリだしてるの、このプレイが唯一とも言える貴重なものだと思う。同じトミーの Struttin でも他のは縦ノリに聴こえるのが多い。

この動画では曲の初めにベースパートを聴いてね、と言っててベースラインをフィーチャーしてものだからかもですね。

Jerry の名曲をここまでオリジナルにできるトミー、さすがです。完全に自分のものにするとはこのことなんだな。

コメント・シェア

IMG_0661

10月に入ってから、よくお腹が空くようになりました。この常時空腹感が続く感じは久しぶりなのです。

夏の暑かった間、夕食後に気を失うように眠くなり気づけば翌朝(しかも早朝)だったのが、ここ数日はもうひと仕事(=用事)してからと「粘ってしまう」こともちらほら。日付が変わってから「何か食べたい感」に気づくとなおさら眠るのも寂しくなってきます。

毎食白いごはんを食べたり、ランチで定食やラーメンする程にもどったりはしていませんが、少しやっかいな感じがしてきます。

ここで少しメモっておこうと思いますが、結論は「糖質に気をつけて制限し、脂質とタンパク質、ビタミンとミネラルをしっかり摂る」と言うに尽きます。

いつもの話しなのでわかってるよという方は読み飛ばして下さい(笑)。

空腹感を覚えるパターンはいくつかある

糖質制限をして1年半、空腹感に冷静に対処できるようになって学べたことは「空腹感」をもたらす原因にはパターンがあるということ。これまで1日3回はお腹が空いて当然と思考停止してた頃には考えてもみませんでした。

それは以下の3つのパターン。

  • よく働いてる(動いている)
  • 環境変化が激しい
  • 糖質を摂ってしまった
    今回の空腹感継続では、確かに体調も仕事の進捗もよかったし(よく働いた)、気候も俄然秋らしくなってきました(環境変化)。また、先月末に楽しく呑んだ際に大量にアイスクリームを投下したりもしました(糖質摂取)。

外れていないどころかとっても機能的なまとめww

別の表現に直してみますと「空腹感」に見舞われる時とは

  • エネルギー消費をして補給したいとき
  • 身体の消耗があり修復したいとき
  • 糖質を摂った後また糖質が欲しくなるとき
    とつかんでおります。

エネルギー補給と身体の修復のためにはどうしても食べ物が必要です。だから、そのための空腹は「真実の空腹」となります。

ところが糖質を欲しくなるのは糖質を摂ったから。そう、身体にとってはなんの必要もないのに欲しがってしまう。糖質は必須栄養素とされてないのに食べたくなるのはそれが依存だからです。

したがって糖質由来の空腹感は「偽りの空腹」と呼ぶべきものです。

「偽りの空腹感」と「真実の空腹感」とを見分ける?

さて、ではどうやって糖質由来の「偽りの空腹感」と「真実の空腹感」とを見分けたらいいんでしょうか?

糖質由来の「偽りの空腹感」とは、糖質摂取後にいったん血糖値が急上昇したのちインスリンの働きによって急降下させられた時に起こります。

もちろんわたくし血糖値を自己測定したこともなければ糖負荷検査も受けたことありません。高い器具を買ったり費用をかけて病院に測ってもらわなくても「糖質をとったら血糖値が不安定になる」のわかるのは、自分と家族の身体で実証済だからです。

糖質増えると家庭内ギスギスしますもん(笑)。

というのは糖質由来の「偽りの空腹感」は、耐え難いほどの「渇望感」と「不安感」をともなって「今すぐ何か食べないとやってられない」と感じるものだから。例えば昼食前にめちゃめちゃお腹空くやつ。

そして大概また食べ過ぎる(笑)。その後、今度は耐えきれないほどの眠気に襲われるパターンになります。

これに対して「真実の空腹感」はマイルドです。「おや?そういえば今お腹空いてるかも?」みたいな。集中力がいつもより途切れがちで、お茶やコーヒーの頻度が高くて気づくことが多い。

面白いですよね。栄養として必須の脂質やタンパク質を摂れという合図の空腹感は穏やかなのに、糖質のときは必須栄養素ではないのに空腹の渇望感が強い。

これは身体内部での調達能力や調達可能性と関係していると睨んでいますが、 テーマが外れるのでまたにします。

つまり「偽りの空腹感」と「真実の空腹感」を見分ける基準は「渇望感や不安感(イライラ)」をともなうかどうか。これは糖質制限してたらわかるようになります。やってる人はみんなそう言います。

どちらの空腹感か見分けられなくてもかまわない

いま糖質制限してたら分かると言いましたが、お腹が空いてるから何か食べようというとき、実はどちらの空腹なのか分からなくてもかまいません。

なぜなら「偽りの空腹」はウソなので欺されないようその空腹には食べるべきではありませんが、実際には糖質を含まなければいくら食べてもかまわないし、もし「真実の空腹」であるなら脂質やタンパク質などを食べるべきなのです。

いずれにしても糖質制限で脂質タンパク質たっぷりで食べるならその空腹への正しい対処になるからです。

なんだか糖質制限のためには糖質制限でといってるように見えるかもですねww

しかしこの点はカロリー制限で空腹と葛藤する場合と比べたら大きな意味があるとわかります。

つまりカロリー制限理論だと、「偽りの空腹」でも「真実の空腹」でも、その時点でカロリー制限にかかるなら食べてはいけない。お腹が空いてるのにですよ(笑)。

とっても非人間的。

さらにカロリー制限理論では、カロリー制限にひっかかっらないなら食べてもよい。

「偽りの空腹」でも欺されて食べてもよいし、「真実の空腹」で必須栄養素が必要なのに栄養として必須でない糖質を食べてよいとなります。

とっても非科学的。

そもそもカロリーを毎食3回カウントするなんて(やってみればわかるが)非現実的で実践的でありません。

まとめ

お腹が空いている時に「その空腹は偽りですよ」なんて言われると反発を覚えて食事制限もダイエットもするもんか!となります。

しかし糖質制限では「耐えて我慢しなさい」なんて精神論にはなりません。足りてなくて身体が欲しがっている栄養素に気づけたらベターですが、分からない時は脂肪とタンパク質を多めに投下でどんな空腹場面にも対応できます。

糖質制限理論は、人間が感じる空腹感を肯定し「食べてよい」とする理論です。

人間をまるごと肯定的にみとめる思想を「ヒューマニズム」と呼びますが糖質制限理論はヒューマニズムとも親和的。

上に書いたようにカロリー制限理論みたいな「我慢」強いる非人間的なものとは違いますし、実践もより容易です。

それは必須栄養素の理論にもかなう科学的なものだから。人類史の規模で糖質制限を考える著書はこちら。

正しくて合理的なものは人間性を否定せず無理じいやつらい我慢をさせないものなのです。

人間の行う他のさまざまな実践(スポーツ分野、教育、社会運動、労働運動が気がかりですが)も本来はそうあるはずだと、糖質制限を1年半体験してみて思うことです。

コメント・シェア

IMG_0515

先日とあるブログのオーサーの方に「ブログ、もっとどうにかしんさいや」と言ってしまったのです。もちろん古くからの友人であり大のつく先輩でもある方との飲み会でのこと。

その方のもつコンテンツが毎日ネットに流れていて欲しいなという想いと、自分がブログを書いていて感じている手応えも知ってほしいと思ったから。

もっとも、翻るにこの「ひろしま代書屋日記」だって実績として人に説得力をもつレベルでは全然ない。

そこで急いでこれから実績を積むためエントリー増やします。やれやれ大口なんて叩くもんじゃありませんわ(笑)。

今日はイメージする「社会派ブログ」の構想についてエントリーしておきます。

石川康宏ワルモノ先生の呼びかけにみえた「痛い」現状

私がここで「社会派ブログ」と名付けて膨らませようとしているのは、

  • 平和や労働といった民主主義的なテーマにコミットしていて
  • 政治的な発信力もあり
  • 社会科学的でリベラルな指摘もありつつ現実的で
  • オーサーの個性や学びがシェアされていて
  • 運動にコミットしている人に影響力を発揮している
    といったイメージ。

今後きっぱりと 「左翼ブログ」 と呼ぶようになるかもだけど、今はエントリータイトルに載せたくないので中でひっそりといいました(笑)。

これを強く意識し始めたのを思い出すと、どうやら2013年4月からの「ネット選挙解禁」だったようです。強烈に記憶しているのが石川康宏ワルモノ先生のとある講演でネット選挙解禁にあたって「インターネットで発信する」ことについてがありました。

いよいよネットで政治論議が本格的に展開される?と思いきや、なかなかそうもいかない根の深い現状があるな「ああ確かにそうかも」と気づかされてちょっとした衝撃でした。いわれてることすべてに賛成ではないんですが引用します。長くなります。

ぜひ重視して欲しいのは、一人ひとりがよく学ぶこととあわせて、インターネットで発信するということです。ツイッターやフェイッスブックを活用して世論を組織することです。橋下徹大阪市長はツイッターのフォロワーが90万人です。私は1700人で私一人では勝負にならないのですが、私が1000人いたら橋下氏の2倍になり170万人位になります。

問題は長く運動してきた人たちがこの現場でもたたかおうとしているかどうかです。インターネットが嫌いだという人がいます。嫌いだという理由で宣伝行動をしないのか? 嫌いだという理由でビラも配らないのか?という問題と同じことです。たたかいの現場はすでにつくられていて、橋下氏は毎日睡眠時間を削ってつぶやき続けているし、最近は安部晋三氏もつぶやいています。自分を支持させる世論を自分の努力でつくっているのです。その時に私たちが嫌いだといってやらないのは敗北主義以外のなにものでもないのです。勝てなくていいと思っているのかという話です。

フェイスブックは自由に意見交換ができるのが特徴です。エジプトのジャスミン革命はフェイスブックを武器につくられましたし、アメリカのオキュパイ運動もフェイスブックによって広まりました。

ツイッターで発言するときは個人が鍛えられます。問題が起きると、その瞬間からワーと議論がツイッターではじまります。ところが大きな組織に入っている人は、上部団体が声明を出すのをじっと待っていてすぐにかんでいかないのです。つまり、自分の頭で考えないのです。自分の頭で考えて発信せず、3日後に上部団体の声明がでたら、要約して流し、詳しくはこちらをと書く。それは、完全に情勢遅れです。3日前からやっている人から見るとこの人たちはとろいと思うのです。3日後に同じ意見が一斉に流れてくると気持ちの悪い集団だなと思われるのです。操られているな気の毒にと思われるのです。

私の大学の学生は新聞を読みません。ですから良い新聞の影響も受けませんし、悪い新聞の影響も受けません。何から情報を得ているかというとソーシャルメディアです。このソーシャルメディアに労働組合・団体が登場しないということは学生にとっては労働組合・団体が存在しないのと同じようなことになってしまうのです。

官邸前に参加する人は、誰かに言われて参加するのではなしに、フェイスブックやツイッターを見てくるのです。そこに、どれだけ私たちがその人たちの気分感情にかみあった言葉を使って登場していくかということが問われています。それが、私たち一人ひとりが「組織内お任せ民主主義」を超えて、「執行部頼み」を超えることです。執行部よ良い方針を出してくれといっている暇があったら、あなたがつぶやけという話です。そうやって自分の判断力を鍛えていかなければいけないのです。もし判断が間違ったとしても気づいた時点ですぐに訂正すればいいのです。それが議論で判断力を鍛えていく基本です。

今までのたたかいに加えて、インターネット上での言論合戦、誰が多数を握るかというたたかいは、拡大していきます。携帯電話でメールの打てる人であれば、いまでもすぐにできるたたかい方なのです。

〜2012年12月1日 安心年金つくろう会での記念講演〜

ワルモノ先生の言葉と指摘に十分なので繰り返しませんが、ネットスラングでいう「痛い」内容が述べられています(汗)。

左翼がネット言論するのは独特の問題ありそう

まあ現状は仕方ないとしてネット発信し続けていくことでしか「左翼ブログ」もとい「社会派ブログ」がよく読まれ影響力をもつように成長できる途はありませぬ。そのなかで書き手、オーサーも成長していくのでしょう、きっと。

もう一度「左翼ブログ」のイメージを書くと、

  • 平和や労働といった民主主義的なテーマにコミットしていて
  • 政治的な発信力もあり
  • 社会科学的でリベラルな指摘もありつつ現実的で
  • オーサーの個性や学びがシェアされていて
  • 運動にコミットしている人に影響力を発揮している
    でした。

個人的に「左翼ブログ」と思っててよく読みに行ったりSNSで流れてきて読めるのが、井上伸さんとか松竹伸幸さん、それに紙屋髙雪さん。

井上伸さん
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/

編集長の冒険
http://www.kamogawa.co.jp/~hensyutyo_bouken/

紙屋研究所
http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/

松竹伸幸さんは「左翼」を名乗って活動されながら自衛隊方面の方々にもウイング伸ばしておられます。「身内」からもかなり叩かれてそうですが(汗)そこがいいんです。

どうも運動に組織の人としてコミットしていたらネット発信しにくいとかがありそうで、よほどの論客にしか発信ができないのかと想像します。石川康宏ワルモノ先生の指摘もまさにそこだし。

まとめ

でもこれ以上は言いようがないです。書く人はそれぞれだし、無理にネット発信を苦手な人がやるもんじゃないです。

なので、それだけに自分メディアやってみようって条件のある人にはなるべく自分でコントロール仕切ったブログを書いて欲しい。そんな思いで「ブログどうにかしんさい」と言ってしまったわけなのですね。

私個人は、自分の判断力が鍛えられると思ってるし「上部団体の声明」待ってるのとかまっぴらなので(笑)、このブログずっと書きます。

コメント・シェア

10月になりました。当ブログも心機一転、ステップアップしたいとは思うわけですが。

書きたいネタはあふれるほどある(ような気がするんです)んですが。

書き始めてみると思うほど書けないのですね。何かしら文章を書いておられる方ならこの感じわかってもらえるものと甘えた期待をしておるOTなわけです。

さて、まとまらない頭のままで何がかけるかといいますと、バラバラにとりとめもなく書いてしまうという手があるわけですよ。といいわけをして今日のエントリーです。

お仕事で一泊出張してきた

月替わりを挟んだ形に、たまたまなりましたが、いただいているお仕事で一泊の出張してきたという話し。

続きを読む
  • page 1 of 1

ひろしま代書屋日記

author.bio


author.job